喜びを得るデザイン
モダンデザインの文脈から逸脱
このタイヤは、モダンデザインの文脈から逸脱し次なる地平を走り出した。
いわゆる SUV タイヤには、オンロードからオフロード、舗装路から未舗装路まで幅広いグラデーションがあり、それぞれの場所に即したタイヤが用意されている。グラデーションの端の地、深い泥地や岩石帯、およそ車両が通ることが不可能であるかのような場を走破する「エクストリームタイヤ」を私たちはデザインすることとなった。
北米の圧倒的な自然とともに
市場の大半は北米の、カリフォルニア、テキサス州で、圧倒的な自然を” 競技場” として、ピックアップトラックやジープにエクストリームタイヤを履かせ、スケールの大きな「遊びを」楽しむ人々が、日本から想像できないほど存在する。
私たちは具体的にデザインを始める前に、ラスベガスで毎年開催される世界最大規模の自動車見本市「SEMA SHOW」で現地調査を行った。東京ドーム7個分の会場に所狭しと、さまざまなジャンルの車が展示されているが、その中で大きな比率を占めるのは、エクストリームタイヤを履いた車両だ。巨大なサスペンションやタイヤでリフトアップしロールバーなどで武装した外観のトラックやジープがこれでもかというくらい展示されている。夜になれば近隣でダートレースが行われ、その種の車両が猛スピードで、疾走し跳躍し時には派手に横転する。何とも武骨で大味な世界観ではあるが、乾いた爽やかさと明るさを感じられた。ここでは、強大な自然と対峙し、乗り越えようとするマインドに溢れていて、日本の穏やかな自然の中で調和を重んじる世界で生きている私たちとの違いを思った。
ヲタク気質と質実剛健
しかしながら、北米の市場の多くは、彼らと異なる世界観に生きている日本人が作るエクストリームタイヤが占めている。一見、不可思議なことであるが、日本人タイヤメーカーの、機能に徹底的にコミットする職人気質、今風の言い方をす るとヲタク気質が質実剛健な中身を優先する彼らの態度がこの現状を作り上げていると思われる。
帰国後、タイヤ設計者と連携を取りながらデザインを進めていった。エクストリームタイヤは他のジャンルのタイヤ と比べ、形状とコンパウンドなどタイヤの素性が性能に与える影響が大きい。タイヤの設計者が、岩、砂地、泥などから、いかにグリップを得、排出するか、最適な形状と素性を算出する。その機能を得る形状の範囲の中で、私たちデザイナーがこのタイヤの世界観に合致したアグレッシブなキャラクターがユーザーに伝わるフォルムを模索した。さらに、それ らをテストコースに持ち込み、実験を何度も繰り返し最適解を探し出す。また、従来のエクストリームタイヤは見た目、オフロード性能を重視するあまり、非常に大きいブロック、広い溝を配置したトレッドパターンのため、オンロードの 走行時、ノイズ音が発生するものが多い。このジャンルで良く売れている、あるタイヤは、舗装路を走行するとまるで 小型プロペラ機のような轟音を発生させてしまう。この問題を解決するため、オンロードのテストコースで、オフロー ド性能と静粛性を両立した形状を導き出すために実験を繰り返した。その結果、高い走破性と静粛性を持ち非常にアグ レッシブな外観のエクストリームタイヤが完成した。安全、快適、エコが近年の “クールな” タイヤづくりと対極の、 モダンデザインの文脈からを逸脱した、言わば “喜びを得る「遊びのデザイン」” が完成したと思っている。
「プロトタイプ」な量産品
このエクストリームタイヤは完成された量産品ではあるが、ある意味「プロトタイプ」とも言える。今後ユーザーからのフィードバックを受け、技術を磨き試行錯誤を繰り返し、次なる製品の準備を行っている。言わば” 過程を楽しむ”デザインとも言える。
今後、EV 仕様のオフロード車両が普及し、排気ガスを排出しないようになり、化石燃料から自然エネルギーに変換していくことで、今よりも環境と調和した中で、エクストリームタイヤで楽しむユーザーが国内外で増えることになるだろう。
伏見 雅之
横浜ゴム株式会社「Geolandar X-MT」、The Chicago Athenaeum Good Design Award 2018 受賞、GOOD DESIGN AWARD 2018 受賞、Red Dot Design Award 2019 受賞